Wednesday, October 30, 2024

碧空3356 nautilus1699(富嶽効果)

3356 nautilus1699(富嶽効果)  のぞき穴の向こうの、大きく傾いてゆっくり沈む豪華客船ポセイドン号の今を主張して、海水が低い方へ低い方へ、まるで低い方を嗅ぎつける器官が付いているかのように海水が猛威を振るって流れ込む片隅と、片隅をズーム・アップしてのぞく魚雷型探査機のカメラの如き「私」とは解離しているが、その片隅がもの凄い別の今を主張するのは、片隅と「私」を隔てる分厚い壁が崩落して、片隅と「私」が解離しないのであるし、しかも、この片隅は、隣り合わせた乗客の人生の間の分厚い隔たりが崩落して一体の種の如き平均値が酷薄に浮かび上がったのである。この、二重の寂漠は、この、もの凄い別の今を、「私が」他の誰かとなってのぞくのである。  可視的な劇的変化を満載したパニック映画の、不可視な劇的変化の一つが、この寂漠である。小津の「東京物語」や「晩春」や「東京暮色」は、パニック映画とは誰も呼ばないが、空のショットと呼ばれているものは富嶽が崩落する不可視の効果に迫る。隠沼の向こうに富嶽は聳えているのではなく、富嶽三十八景とは、別の今を主張する38の隠沼と富嶽の崩落なのである。それは、今を主張する38の片隅と片隅にのぞく富嶽の、その富嶽がのぞき穴であるような鳥瞰を欠いた平均律が、何も変わっていないのに取り替えられてしまうのである。  「男はつらいよ」の、牛久の女とか丹後の女とか鎌倉の女とかは、隠沼である。この旅人が、富嶽の歩くようなものであることは、日本各地の「行く年来る年」を結ぶTV番組に顔をのぞかせたことからも分かる。TVの電波が日本の津々浦々に同じ画像でのぞき、富嶽効果で一斉に砂嵐に変わるのは、もの凄い。

0 Comments:

Post a Comment

<< Home