碧空3357 nautilus1700(既視感じみた悪い隠喩)
3357 nautilus1700(既視感じみた悪い隠喩)
何をメランコリーと呼ぶのか、博物誌的に採取された標本と標本の間に予定調和的に出現するメランコリー、つまりメランコリーの平均値と、他の誰かの器官の延長である「私」が他の誰かになるまで器官を延長する分業のオートマチズムの、その、何のために(あるいは、何に導かれて)器官を延長するのか分からない、その躁状態が打ち消すまでにコピーするメランコリー、すなわち差別を取り消す原罪の熱平衡とは、収斂するだろうか。
分業のオートマチズムは階級に導かれる秩序であるから自由ではなく、平等でもない。しかし、秩序に組み込まれている職業の気質を代表するのは「私」を代表する自由で、この頑固な自由に導かれていると錯覚する。
メランコリーは、運命じみた種の良心の呵責に(原罪に)導かれて思わず見回してしまう。その、どこからともなさが睡魔のように襲うのである。隠れなさに狼狽してカインが思わず天を仰ぐのは転移発作であるし、目が潰れるまでにOedipus が俯く抑鬱は擬死発作である。
どこからともなく、降って湧いたように通り魔や受胎告知に逢い、業病に罹るのは、原罪が姿を現わすために通り魔や受胎告知や業病となって姿を消す隠喩に襲われるのである。この、襲いかかる悪い隠喩を、予防できるだろうか。何モ悪イコトハシテイナイノニ!という身震いは、この悪い隠喩を同時に恐れ、悔い、怒る。すなわち、「私」のことが他の誰かのことになって罰するのであるが、それと一つに於いて、他の誰かのことが「私」のことになって罰せられる。この、能所が収斂した既視感じみた悪い隠喩は、原罪を打ち消すまでにコピーする憧憬なのである。


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