Wednesday, December 11, 2024

碧空3398 nautilus1741(海の上を歩くJesus Christ)

3398 nautilus1741(海の上を歩くJesus Christ)  歩く夢それ自体であるJesus Christは、見れども見えず、見えずとも見える。Jesus Christとすれ違って何か奇妙な気配に触れても、それは気のせい、何でもない!ということになるが、正に何でもない!世界がタイム・スリップする振動なのである。  Jesus Christの奇跡は種に強迫する技術革新の前触れであり、個々の奇跡は個々の技術革新のアイデアである。Jesus Christは媒体である「私」が冒されている矛盾の隠喩であるだけでなく、他の誰かになるまで器官を延長し、他の誰かの器官の延長であることに踏み切っていて、この、派生的に展開する媒体性(分業のオートマチズム)のどん底の如き頂点にも「私」は冒されている。  呼び出された「私」が機能する社会(分業のオートマチズム)は種の良心なのであるから、技術革新して不断に器官を延長しようとする無意識から奇跡となって魔術的アイデアを出すのである。例えば、海の上を歩くJesus Christである。  この、夢それ自体の自乗は-1であるが、虚数の発明は地獄の発明である。それは、世界の拡張なのか縮小なのか、世界がタイム・スリップする夢それ自体の、その、本当ではないが嘘でもないエネルギー状態である。

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