Sunday, February 02, 2025

碧空3451 nautilus1794(解離の程度)

3451 nautilus1794(解離の程度)  世界が同一であるか同種であるかの世界観の差異は、その同等化すなわち「私」のことがしかも他の誰かのことである曲芸の、その解離の度合いが狭量であるか寛大であるかにかかっていて、純粋に「私」のことに漸近するに応じて狭量になって同一の世界が姿を現わし、純粋に他の誰かのことに漸近するに応じて寛大になって同種の世界が姿を現わす。  同一の世界とはいっても、その同一性は程度でしかないし、同一であると断念するのである。漸近のどこかで劇的に同一の世界が主張し始める。その、どこかとは、何か決定的な危機である。決定的とは、同一であると決断しなければならないのである。海幸彦が元の釣針を要求するのは、同一であると決断しなければならない「私」の何か危機でなのである。  ヤーウェの断面はカインにもアベルにもなるし、打ち殺されたはずのアベルがカインになりすまして延長し、カインが鏡をのぞき込むとアベルの顔なのでカインは驚くのだろうか、笑うのだろうか。ヤーウェがカイン!と呼び出せばカインがまるで同時に異なる場所を占めるかのように周りの誰もがカインになるのは解離が寛大過ぎるのであるが、ついさっき別れたばかりのカインが振り向いて戻って来たのにカインでなくなっているのは解離が狭量過ぎるのである。

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