碧空3531 nautilus1874(A.J.Brown となってunlearn して今を主張する)
3531 nautilus1874(A.J.Brown となってunlearn して今を主張する)
「私」は自乗すると-1であるような隠喩である。他の誰かが姿を現わすために「私」となって姿を消す隠喩なのである。
この「私」の隠喩性が露頭すると、もう一人の「私」がいるという思いはなおらない。
「それはアンスル・ボルンという30歳の巡回牧師で、ある日(1887年1月17日)彼は銀行から551ドルの預金をおろし、突然グリーンから失踪、2ヶ月の間行方不明であった。この間彼はA.J.Brownと名乗ってペンシルベニアのノーリスタウンで小さな雑貨店を切りまわし、仕入れ万端を立派にやっていた。しかもこうした仕事はそれまでに一度もやったことがなかった。1887年3月14日、彼は突然覚醒して家に戻ったが、その間のことは完全に忘れていた」
この失踪は、もう一人の「私」と感じられる種や種の良心や運命といった抽象の、その、喉元まで上り詰めて来ている予期がA.J.Brown となってunlearn して今を主張するのである。ペンシルベニアのノーリスタウンの小さな雑貨商は、百年の瓦落多や埃の積もった屋根裏部屋でハンスがもう一人のハンスを発見するようなものである。


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