碧空3549 nautilus1892(「私」が覚醒する習性)
3549 nautilus1892(「私」が覚醒する習性)
「私」の覚醒は真偽はどうでもいい目的であるが、同時に不断に限界を拡大して目的未満である。目的が疾しさとなって潜伏するのである。ヒトには「私」が覚醒する習性がある。
長い長い津軽の夜伽話によれば、
山中に橡の木が一本あって、その天辺にカラスが一羽来て止まり、
カラスがガーと鳴けば橡の実が一つぼたんと落ちる。
また、カラスがガーと鳴けば橡の実が一つぼたんと落ちる。
また、カラスがガーと鳴けば橡の実が一つぼたんと落ちる。
・・・
津軽の山肌から「私」が覚醒するのは、津軽の懐に「私」が死蔵されるのであるが、他の誰かになるまで器官を延長する「私」は他の誰かの器官の延長であるから、それは、わらべらが集団で催眠術にかかった、かごめかごめやはないちもんめのように風土病の感染の如く人の姿をして薄気味悪く迫る。


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