碧空3556 nautilus1899(一体の種の如き開眼)
3556 nautilus1899(一体の種の如き開眼)
地獄は嘘つきを地獄のELPIS で責めるというよりは、「私は嘘つきである」(の真偽の中間)を解脱できないことが責め苦なのである。「私は嘘つきである」は地獄の風土、地獄の大気、地獄の今である。
その乾燥の今は今にも蒸発しそうで、「猫や女や、傑作の幻影」の如く近寄れば逃げ去り、ルーペを徐々に遠ざけて拡大していけば決定的に虚像になる。この虚像は、「私」のことが他の誰かのことになるのである。
寂漠の起原は、この、乾燥の今である。「私」のことが他の誰かのことになる、それは、場所の場所が浮上して、一体の種の如くなる開眼である。しかし、この乾燥の今は危機であるのに、しかもその虚像は救済なのである。それが何か暗示するのは、敷浪打ち寄せる浜辺の、その気配である。
逆に、他の誰かのことが「私」のことになる既視感やタイム・スリップといった幽霊船の今が危機であるのは「私」の「私」が浮上する懐疑であるが、果たして、一体の種の如き開眼なのである。


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