碧空3558 nautilus1901(既視感と言霊)
3558 nautilus1901(既視感と言霊)
隠す告白、つまり、「私」を「私」たらしめる告白の能力は、嘘を吐く能力を影の如く潜めている。「孤独な散歩者の夢想」である「告白」は、虚構の気配を消す野心である。(J.J.Rousseau)
「私」は、しかも媒体であるという矛盾を孕んでいるが、この矛盾は、媒体(「私」)が言葉となって器官を延長しても移るのである。
薊が自らアザミと名告るような、つまり、いきなり二回目であるかのように路傍の薊がアザミだと分かる奇妙な経験、すなわち言霊は、他の薊がアザミだと分かるように種と個が解離して機能する範疇の経験ではない。その失語状態が既視感の如くであるのは、他の誰かのことが私のことになる媒体(「私」)が言葉となって器官を延長しても、種と個の解離しない中間が移ったのである。
通俗の語彙に解消した既視感は、範疇の経験に過ぎなく、中間が襲う経験ではない。


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