碧空3560 nautilus1903(蝶蝶合戦)
3560 nautilus1903(蝶蝶合戦)
「死ぬまぎわまで嘘を吐いていた」という総括が告白ならば嘘、嘘ならば告白ということになる。隠す告白の、その、真にも偽にも不足する生涯を尋ねるのに、極端な時間の圧縮や拡大を以てする。真に迫るのではなく、お伽噺じみる、あるいは薄気味悪く迫るのである。
ぎゅっと目を固くつぶってみたり、ゆるくあけて瞼をぶるぶるそよがせてみたりするのは、蝶蝶が見えるというのである。「青い蝶や、黒い蝶や、白い蝶や、黄色い蝶や、むらさきの蝶や、水色の蝶や、数千数万の蝶蝶がすぐ額のうえをいっぱいにむれ飛んでいる・・・十里とおくは蝶の霞。百万の羽ばたきの音は、真昼のあぶの唸りに似て・・・これは合戦をしているのであろう・・・翼の粉末が、折れた脚が、眼玉が、触角が、長い舌が、降るように落ちる」(「蝶蝶」太宰治)
10月11日、終日薄日、卓の上にさっきはなかった石鹸がくっきりのっている。「木の葉がちらちらと顫えた。そのうちに枝を離れ、流れはじめた。一葉ずつ、目で数えたくなるほどくっきり」
0.999 ・・・が姿を現わすために1となって姿を消す。
時間が拡大して静止するまでに顫える。殺到する細部も一葉一葉数えられるまでに拡大し、他の誰かのことが「私」のことになる。何も変わっていないのに取り替えられてしまっている!と祖述された中間性は、個と種の中間、あるいは「私」と他の誰かの中間が見える大視症である。


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