碧空3562 nautilus1905(岩に向かってしか誇れない秘法の体得)
3562 nautilus1905(岩に向かってしか誇れない秘法の体得)
偶然の1は0.999 ・・・の隠喩、媒体、真にも偽にも不足する擬態である。その如くして、偶然の「私」は嘘つきの隠喩、媒体、擬態である。いつまでも「私」にならないことが「私」であるような、真ではないが偽ではないエネルギー状態であるが、通常は、嘘つきが疾しさとなって潜伏して解離している。
「晩年」(太宰治)が、嘘を吐く嗜好、習性、技術を何度も尋ねるのは、嘘つきの媒体である「私」の、その、矛盾が解離した擬態や、解離しないで発覚する擬態のエラー、失効、あるいは暴露を交々方法として駆使して迫るかに見える。
しかし、偶然の「私」を尋ねて、他の誰かに異常接続する、そいつは影か運命か、あるいは精神のようにつきまとって告白となって嘘を吐く。それは、告白の振りなのではなく、告白である。告白の振りを方法とする余裕はなく、告白にも嘘にも不足であるエネルギー状態の誘導が漠として道なのである。この被誘導は、秘法や秘技の体得の如くであるが、岩に向かってしか誇れない。


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