碧空3570 nautilus1913(「私」が何の途中であろうと)
3570 nautilus1913(「私」が何の途中であろうと)
「上空の鳥の喧嘩を眺めていた」のは、祖母が昏倒して、下顎をがくがくさせ、歯を鳴らした日のことだ、と接続するが、嘘だと断定するのは尚早というよりは、国破レテ山河アリ、を代表するのである。
臈たけた祖母の白い顔の端から皺がちりちり起こって満面に広がり、のたうつのも、嘘だというより、ちょうどその頃、仏ヶ浦や浄土ヶ浜に重波は寄せて砕けるのである。
「私」の帰郷の途次、「私」が何の途中であろうと、ヒバリが何度も鳴くのを聞くのも、単に帰郷の情緒や雰囲気を醸成するように接続するのではなく、雌雄異体の気配を代表するのである。


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