碧空3606 nautilus1949(生首は憑く)
3606 nautilus1949(生首は憑く)
自由思考は、それほど自由ではないし、孤独ではない。しかし、他の誰かの器官の延長になるまでに器官を延長する「私」を再現する時間が破断して中間が暴露しない限りは、思考が自由に見えるように騙して「私」が再現する。時間は、この、自由に見えるように騙す屈折の媒質である。
時間の破断は、「私」の遠近法の崩壊、その、真ではないが偽ではない中間のエネルギー状態は、自由思考どころか狐憑き状態である。何を尋ねるにしても、その、どんなに奔放に見える接続も憑かれている。
義経の生首は、時間の破断が迫った自由思考の座礁である。しかし自由思考は、腐らない。塩漬けだからではなく、異様な長寿であるかのように登場する常陸坊海尊となって「義経記」を話す「私」をあちこちで再現する時間に漬かってなおも騙すからである。義経の生首の検分は、自由思考の破断をあざ笑うのであるが、思考を打ち消すまでにコピーして憑くのが生首である。


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