Friday, July 18, 2025

碧空3617 nautilus1960(絶対の抜擢に肉薄する道化の華)

3617 nautilus1960(絶対の抜擢に肉薄する道化の華)  ルイ十六世の首を落とすムッシュ・ド・パリや絶対の抜擢に肉薄するOedipus 、隣の家の庭で見かけたようなJesus Christ、窃視の天才Wakefield(N.Hawthorne)などといった並み居る道化の華は、誰も見つけに来ない海底のOctopus の変身がつたなく、媒体性の露頭(世界の終わり)と、他の誰かになるまでに器官を延長して他の誰かの器官の延長になって「私」を再現する時間(日常)との間に振動するのである。  二時間もつづいて炎天下でアフリカ大平原を横ぎった後、土人は静かにタアル語で言った。  「長い間、お尋ねしようと思っていたのです。あなたが独りでこのような草原におられ、そして太陽がかように草むらの上を照らすとき、何ものかが話すように思われたことはありませんか。私が言うのは耳で聞こえるものではなしに、あなたが小さく非常に小さく、他の方が非常に大きくなるように思われるものです」  つまり、この、タアル語となって転写した振動は、「私」になるまであと0秒の、その0の膨張である。とっくに「私」なのに、いつまでも「私」ではない、そうした「私」の振動を転写しようとする数学的試みが1=0.999 ・・・だとすれば、音楽的試みは、「フーガの技法」(Bach)である。大フーガは「あなたが小さく非常に小さく、他の方が非常に大きくなる」気配の採譜なのである。

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