Wednesday, August 06, 2025

碧空3636 nautilus1979(「私」の鏡像の、諦念的な発見、戦慄的な発見)

3636 nautilus1979(「私」の鏡像の、諦念的な発見、戦慄的な発見)  J.J.Rousseauの「告白」は、「私」と嘘つきの中間の、その、真にも偽にも満たない半具体であることが陰謀や追跡の気配となって流通しようと足掻く(あたかも何度も再現するかのような)騙し絵である。湖中の島の牢獄の、その雌雄同体の夢想の、その巨大な倦怠が、選択の余地なく雌雄異体であることの正当な倦怠に零落して、諦念的に世界が広がるのである。  この、種と個が解離した中間の零落は、「私」の鏡像の諦念的な発見である。寂漠は、「私」のことが他の誰かのことになって落下するのであるが、それは、「私」が他の誰かになるまで器官を延長して見えないものが見える大視症、「私」の鏡像の戦慄的な発見である。それは、「私」の鏡像が雌雄異体であることの正当な倦怠を代表して諦念的、惰性的に世界が広がるのではなく、雌雄同体であることが世界の広がりを取り消して何もしたことにならない巨大な倦怠の気配なのである。

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