Saturday, September 20, 2025

碧空3681 nautilus2024(顔を見たことがない仇を暗中捜し回る図)

3681 nautilus2024(顔を見たことがない仇を暗中捜し回る図)  ツチスガリはミツバチしか狩らないように、ヨハネの洗礼は導かれるものたちしか呼び寄せない。  つまり、鳴きしきる蝉の、何か異性がいるはずだという漠とした予期と信頼が灼熱の夏の広がりを支えるように、何か導かれるものたちがいるはずだという漠とした予期と信頼がヨハネの道である。ツチスガリはミツバチに、鳴きまくる蝉は♀に、ヨハネは導かれるものたちに取り憑かれている。  赤穂浪士が取り憑かれていたのは、空腹だろうか、好色だろうか、道だろうか。四十七士の殆どが顔を見たことがないのに闇の中を捜し回った吉良上野介の、その生首が本当に吉良上野介なのかどうかは疑わしいが、その生首は狩るべきミツバチの如く、交接すべき異性の如く、赤穂浪士を導いた道が極まる断崖である。  ところで、顔を見たことがない仇を暗中捜し回る図は、何かの隠喩のはずだ。しばしば、仇の顔を知らないというのに何年も街道を、津々浦々を経巡って空しく捜し回る。捜し回っている間にまるで誰でもなくなって、誰も探しに来れない逆転が起こる。もう「私」を探し出して欲しいのに、「私」が探し回る知らない顔に「私」の顔が収斂していくのである。  何かに迫る方法は、姿を現わすために姿を消す隠喩と、打ち消すまでにコピーする憧憬であるが、その、何かに迫る方法に迫る、ということだろうか。

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