碧空3693 nautilus2036(のぞき込んだものは種の如き原罪)
3693 nautilus2036(のぞき込んだものは種の如き原罪)
俳優の華は真に迫るのではなく、原罪に迫るのである。原罪を打ち消すまでにコピーする憧憬は何か記憶喪失であるが、真偽は気にならない。写真には、他の誰かのことが「私」のことになるように場所となって潜伏する原罪が写り込んでいて心霊写真である如く、俳優なのである。
伊丹万作が前景を占める一枚の写真の後景に、福助が乗っかるように伊丹十三が子供の姿で写り込んでいるのは、潜伏した疾しさが後れて来る「私」となった心霊写真だからである。心霊写真は写るはずのないものが写り込んだレアな写真なのではなく、写真は原罪が写り込んでしまう心霊写真なのである。
週刊誌の企画で「私」を失踪したことにして、読者が競って探し出すことになる。大都会の喧噪の中に巨大な広告看板が掲げられ、懸賞金のかかった「私」の巨大な顔が、日々の雑踏を面白そうに眺めている。極端な露出のようでもあるし、交番に貼り出された黄ばんだ指名手配の顔のように極端な片隅のようでもある。それは、忽ち何でもなくなっていく。時として見上げて立ちおどむ人を狙撃するようでもあるが、一月が経過し、半年が過ぎても、誰かが接近を模索する気配はまるでなく、そもそも、そんな企画があったことも「私」も疑わしくなる。いつの間にか「私」の時計はひどく遅れていて、ひどく息苦しくなって、潜んだ場所のドアは海水のように陰謀のように重い。
しかし、伊丹十三は誰も見つけに来ない海底で、何か記憶喪失である「私」は何か認識されたと感じる俳優の華である。伊丹十三がのぞき込んだものは、種の如き原罪だからである。
むろん、Jesus Christの失踪は、誰も見つけに来ない海底で、何か記憶喪失である「私」が何か認識されたと感じる心霊写真であるし、俳優の華である。


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