Sunday, November 09, 2025

碧空3731 nautilus2074(涜聖の萌芽)

3731 nautilus2074(涜聖の萌芽)  「私はアナ!」と呼べば、アナが彷徨う荒れ地の水溜まりにSPIRITがフランケンシュタインとなって姿を現わしたように(「The Spirit of The Beehive」V.Erice)、「私はOedipus !」と呼べば、雌雄異体の気配のする荒涼とした旅路はSphinxを演繹する。チェコスロバキアとポーランドの国境のライ麦畑に「貴婦人と一角獣」が鬱然と起こったのは、「私はジュネ!」と呼んだのである。  同じようにして、鶴女房や白狐はほとほと戸を叩き、道成寺の大蛇は背後に迫り、夜な夜な訪れる姥ヶ池の主に姫は魘される。雪女の裸身には雪女を演繹した陰暦の風土が彫り出されているように、フランケンシュタインはフランケンシュタインを演繹した世界の断面の、その、変脱するSPIRITの仮面をかむっている。  SPIRITの仮面の変脱は、その表面は系統発生的流行であるが、直列的ではなく並列的である。運命、種(魔法)、良心、精神、無意識といった流行のどの段階でも他の仮面が並列的に重層的に潜んでいる。科学と呼ばれるSPIRITは種の関心であるが、この、真偽や善悪はどうでもいいが気にする振りはする関心はフランケンシュタインの如く涜聖の萌芽である。諦念的に種や範疇に属することから逸脱する魔術の延長であるが、しかしイエスの奇蹟も来るべき技術革新の前触れである。  SPIRITはELPIS なのである。総動員状態で結集する種の関心は、この、小さな青い星を脱出することである。そのために宇宙は膨張するのである。

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