碧空1889 nautilus232(トリックがかった自食の光景)
1889 nautilus232(トリックがかった自食の光景)
とっくに潰されているのに潰されないように幻肢の如く起き上がって来る、それは運命譚の形式である。つまり、運命は運命を回避しようと足掻く、それが、種や良心や精神といった神格が姿を現わすと同時に姿を晦ます偶然の個や悪や偽といったトリックがかった症状なのである。
見てはならない「私」を見てしまう、それは、怪談の形式である。人面瘡が不随意に自白し出す怪談は、告白が告白を回避しようと足掻く、それが、良心や精神といった神格が祟る極端に私的な悪や偽といった症状である。
見てはならない壁に写る影を見てしまう、それが「私」ではなく異類やシャムの双子の片割れであるのならば、それは魔法譚やミステリの形式である。長靴を穿いた猫の壁に写る影は魔法使いであるはずだし、Oedipus が探す犯人の壁に写る影はOedipus のはずである。瓜二つであるから謎は解き難く、瓜二つだから犯人はつかまるのであるし、魔法使いとは、懸け離れているが長靴を穿いた猫の内臓のように身近で、外気に触れる唯一の脳である目の如くして外気に触れる唯一の内臓である皮膚となって(Alien の幼虫のように)食い破って出る、自食の光景である。


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