碧空1968 nautilus519(自らを追い越す寓話的形式)
1968 nautilus519(自らを追い越す寓話的形式)
looming して迫る魂の移住の気配の、その、自らを追い越す寓話的形式は、追跡の気配である原始の時間である。存在の三位格(場所、後れて来る「私」、目的(後れて来る場所))が解離して遠近法に包まれて自らを追い越さない時間ではなく、遠近法が崩壊して吸い込まれるように脱け出せないタイム・スリップの気配である。
「それはアンスル・ボルンという30歳の巡回牧師で、ある日(1887年1月17日)彼は銀行から551 ドルの預金をおろし、突然グリーンから失踪、2ヶ月の間行方不明であった。この間彼はA.J.Brownと名乗ってペンシルベニアのノーリスタウンで小さな雑貨店を切りまわし、仕入れ万端を立派にやっていた。しかもこうした仕事はそれまでに一度もやったことがなかった。1887年3月14日、彼は突然覚醒して家に戻ったが、その間のことは完全に忘れていた」といったfugue (夢中遊行的失踪)も、あるいは「Wakefield」(N.Hawthorne)の窃視的失踪も、あるいは「アメリカ」(F.Kafka )の被窃視的失踪も、この、タイム・スリップの気配の異本であるし、自らを追い越す寓話的諸様式である。
器官を延長する究極で他の誰かになってしまう失踪の、もう一つの異本は、犬神のような悪霊が個体に憑いて、しかも分裂して別の個体にも憑いて自らを追い越してしまう話である。


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