Sunday, November 20, 2022

碧空1450 nautilus401(「私」のmetaphor、眩暈のmetaphor)

1450 nautilus401(「私」のmetaphor、眩暈のmetaphor)  「私」は姿を現わすためにJesus Christとなって姿を消す。Jesus Christは「私」のmetaphorである。  種が個の振りをする交配は自らを打ち消すまでにコピーする倒錯であるが、この、打ち消すまであと0秒の、その0の膨張、すなわち、あこがれは、OLD NICKとEROSが出会うのである。  この、OLD NICKとEROSが交叉するあこがれは、個にあこがれるのか種にあこがれるのか、孔雀が眼状紋をちりばめた尾羽根を全開するのは、忘れられたかのように片隅に縮んだニルスの飛行が百年にひとたび姿を現わす都に入るほどに極端な視界の拡張である如く、眩暈なのである。  ケンタウロスの半人半馬の躍動も、鶴女房の憤る如き微行も、あるいは鵯越の義経の逆落としの奇襲も、孔雀が尾羽根を全開する、その、種と個の中間の模写発作である眩暈のmetaphorである。

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