Friday, February 18, 2011

碧痕49 事件としての昭和天皇、「東京音頭」

49 事件としての昭和天皇、「東京音頭」
街頭連絡をしていて特高の網にかかった小林多喜二が拷問、虐殺され、日本が国際連盟を脱退した1933年は、津々浦々「東京音頭」(作詞西条八十、作曲中山晋平)の空前の流行を目撃した。しかし、履歴改竄の衝動は感染保存に留まった。民族の霊の、その擬態としての「国体」が(虚構の気配を消して)「本源」と「分」のカーストを入れ子状態で促進するフェロモンのようなものを、津々浦々に放出していたからである。
 「エロ・グロ・ナンセンス」の普及版として「東京音頭」はフェロモンを嗅ぎ、階級を準備し、銅像や鳥居に入って(行方知れずになって)いた犠牲の修身が祟り返そうとしていたのである。
 「分」が「本源」を代表すると同時に代表しないために切り離される犠牲こそは、昭和天皇の歴史的到達・保存であるために、そのフェロモンは津々浦々に「本源・分」(犠牲)を入れ子状態で孕ませる。グロテスクが、事件としての昭和天皇に示現していた。
 これは、擬似奥行としての被監視状態が、擬似奥行としての「国体」の入れ子状態に連れ戻されたのであるが、民族を越える左翼思想の被監視状態は、日本の被監視状態を度忘れしていられる効果を及ぼすというより、国際連盟脱退を感激と熱狂を以て迎えるように、拡張と差別が一気に収縮・収斂する「国体」の恐慌(や、その入れ子状態)が目隠しされてしまうのである。

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