碧空1090 MOON WALK8(異常な懐胎)
1090 MOON WALK8(異常な懐胎)
「家には物音が満ちみちていた。不明瞭な、はるかなその物音は、まるで眠っていた家そのものが、暗闇によって目をさましたかのように、目ざめとよみがえりの気配を秘めて聞こえてくる」(「Sanctuary」W.Faulkner)
これは、テンプルが監禁されていたメンフィスの女郎屋の気配であるが、廃墟も同然の老フランス人屋敷の監禁と蹂躙に(認識されたと感じて)齧歯目の小動物のように小刻みに震えるテンプルの、この「私」は「私」ではないという不正、他の誰かとなって想起する献身の、その、他の誰かであるという不正とノイズの転写である。
ポパイは雌雄異体の気配を代表しないし、男の名をもった少女テンプルは騾馬のように何をしたらいいのか分からない。テンプルが何か脱出をためらって硬直しているかに見えたのは、雨樋を伝って絶え間なく脱出しようとしても世界は終っていて濃厚な眠気でしかなかったからである。
新しい災厄が(拉致と凌辱しか知らないユピテルが)変装するように再生して、脱出できない。この、他の誰かであるという不正とノイズが憤るように大きくなった異常な懐胎に、狼狽から、無軌道振りであっても実は新教徒的臭気に監禁されていたテンプルは他の誰かの身体に不随意に器官が延長して(黒人の子守女の手となって)災禍が赤ちゃんに伝染することになる。
狼狽から、献身としての媒体性が器官の延長としての媒体性に不随意に転移するのである。つまり、黒人の子守女がテンプルの赤ちゃんを殺めることは、テンプルが他の誰かとなって(言葉となって)話すようなものである。
しかし、冤罪が贖罪に、憤怒が懴悔に発作的に転移することが、何か麻酔のような鎮魂になるのだろうか。


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