Friday, January 08, 2021

碧空1876 nautilus318(自明であるはずの世界ノ浪費)

1876 nautilus318(自明であるはずの世界ノ浪費)  世界ノ経験、このノは、主格、対格、属格、同格、喩格が解離しない。  経験は世界が宙に浮かない到達、場所と目的が解離して、焦燥、憂愁、憧憬が解消するのであるが、思いがけない(従って、半ば予期していた)出来、予期がこの世のものに(問が解に)次元跳躍する、その即興の歪みを咄嗟に取り込んでならす融通を含意する。つまり、どんなに日常性を逸脱した新奇の経験も世界ノ経験であって、或る日常性である。  或る日常性は種の如く所有るのであるが、能く有る振りをして、しかし能所が解離しないのではなく、解離する。これは「私」ノ経験にも当て嵌まる。或る「私」は種の如く所有るのであるが、能く有る振りをして、融通する。  自明であるはずの世界も「私」も、しかし、種の如く所有る、その融通は通り魔に逢う如くして浪費も同然である。

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