Monday, August 14, 2023

碧空1915 nautilus666(嘘よりもっと嘘じみた種の夢の気配)

1915 nautilus666(嘘よりもっと嘘じみた種の夢の気配)  本当の「私」を尋ねて、「私」を包む神秘に、あるいは如何わしさに出てしまう。本当の「私」などという虚構の野心の、その頓挫である。伝聞も告白もレトリックに過ぎないし、推理は密かに証言や供述となって姿を現わす伝聞や告白に頼る、というより伝聞や告白を打ち消すまでにコピーする憧憬が集積したレトリックの回路である。  一般化の機能としての他の誰かと個別化の機能としての「私」とを抱え込む媒体の、この混同は解離して使いこなされるが、「私」の媒体性の、その、「私」となって他の誰かを打ち消すまでにコピーする憧憬の混乱は、「私」と種が、「私」と場所が解離しない(従って、この世のものとこの世の区別がおかされて)何かまるでもっと嘘!なのである。  この世のものの広がりが種の夢であることの、その、例えばこの世のものの広がりに投網したヤーウェや「大言海」が孕むような、嘘よりもっと嘘じみた種の夢の洪積、沖積の気配は、しかも、まるでもっと真実!というふうに誰かが話す。

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