Tuesday, October 11, 2011

碧痕114 前駆症状としての「魔女」

114 前駆症状としての「魔女」
 擬態の気配が消えている限りで擬態であることは、悪魔にも当てはまる。悪魔の足跡や気配が消えている限りで悪魔は支配的であり、その気配が洩れている悪魔がかりこそは法則も歴史も頓挫して懐疑的で、何もかもがみせかけで何もかもが実は逆さまのもので、何もかもが化かされている。しかし、このエラー状態こそは悪魔的なものが解けてゴーストがかかっているのである。つまり、悪魔的なものが完璧に隠れている日常こそは悪魔の棲処であり、悪魔が干渉していると感じられる悪魔がかりの大気は、大洪水が魚類の棲むための媒質ではないように、悪魔そのものも自明ではなくして、悪魔が棲むための媒質ではない。
 農奴の女たちを素材にして「魔女」を製造した中世は、ガリレオ、デカルト、フロイトを貫く懐疑の水脈の前駆症状のようなもので、この世が宙に浮いたために棲処を剥奪された悪魔は何かに潜り込まずにはいられない、それが「魔女」であるが、その足跡や気配は消せないのに拷問や火焙りで駆逐されも滅ぼされもしない。「魔女」は悪魔がかりであるが悪魔の棲処ではないからである。この前駆症状の後で悪魔が潜り込んだのは、一つは、懐疑の水脈の理論で、それは悪循環や無限の後退に嵌まり込み、もう一つは、秘密を暴き出されて解されても、色違いの症状の果てしもないシリーズとなって更新する葛藤である。

0 Comments:

Post a Comment

<< Home