Friday, May 04, 2018

碧空1245 MOON WALK163(復活、復活の遅延模倣、擬似復活)

1245 MOON WALK163(復活、復活の遅延模倣、擬似復活)  「私」や「今」がのぞき穴であるのは、「誰に入れ替わったのか分からない!」復活の気配が消えても躱したことにならない効果であるが、この世の大気や時間が寂漠に変わってしまう「ちょうどその頃」は、この「私」や「今」を自明ではなくしてしまう。二重に出現、通過してしまい、ゴシックやタイム・スリップの大気のように自由でないと分かるのである。  拍手の抽象(form)を拡大していくと練習もしていないのに突然拍手できるようになる演技(具体の出現)を幼児が身につける遅延模倣は、unlearn すなわち抽象を忘れて具体になる次元跳躍であるが、同じようにして、物語ることが突然できるようになるのは、復活(が自明でも自由でもないこと)の遅延模倣である。のぞき穴が(盗まれていないかのように)盗まれるのである。  種とは(従って罪や霊とは)、1=0.9 ・・・の(割り切れるのに割り切らない)反直観の陰謀であるが、この陰謀の遅延模倣である物語ることの本当の語り主は自由ではない。まるで物語るための筋肉ができたかのように、とり憑かれる(四つのペルソナ受身、自発、尊敬、可能が解離しない)のである。それは、蒼然とした城館の隠し部屋がアメリカの「恐怖の谷」(C.Doyle )に地続きになっていて、その隠し部屋に身を潜めていた犯人が殺害されたはずのその人で、別の誰かの顔を潰された死体となって失踪していた、その偽装が解ける擬似復活の瞬間とはまるで何か違って自由ではない。  「犬神家の一族」の嗣子の、傷痍に爛れた顔がゴムのマスクを被ることで二人で一人を演ずることになる双子のトリックでは、罪や霊を映し出す顔が盗まれ、行方知れずになる。罪が盗まれ、献身としての媒体性が殺害を実行する器官の延長としての媒体性に転写され、罪は本当の持ち主ではなく、器官の延長である個体となって探し出され、問われることになる。ミステリに零落するのである。

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