Wednesday, February 10, 2021

碧空1908 nautilus350(或る偶然の片隅の無意識が迫る)

1908 nautilus350(或る偶然の片隅の無意識が迫る)  「春の城」の叙述は、同ジ場所デ、時を隔てて(空虚を厚くして)起こることや、丁度ソノ頃、壁や山岳を隔てて(場所の場所が浮上して)起こっていることを何度ものぞきに戻らないではいない。或る偶然の片隅が現実になるために、種の片隅という片隅が打ち消される。それは、或る偶然の片隅の、壁に写る、見てはならない影であって、壁を隔てたようにのぞくもう一つの片隅なのである。  小畑少尉が東京で暗号解読を任務としている頃、あの同期500 人の予備学生の中からマキン島で玉砕する士官が出る。暗号解読する偶然の片隅が現実になるために、見てはならないDoppelgaenger 、もう一つの片隅である。(nautilus349)  しかし、「春の城」の叙述は、この、見てはならないもう一つの偶然を何度ものぞきに戻らないではいないのである。それは、読み取られてはならない暗号の解読作業とは何かまるで違う。暗号解読は、秘密の通信を浮かび上がらせるために、秘密を覆って偶然の振りをする配列を除去するのであるが、「春の城」の叙述は、見てはならない偶然の配列を浮かび上がらせて或る偶然の片隅を励起する。しかし、この励起は、或る偶然の片隅を現実にするのではなく、解読不能の不可思議にしてしまうのである。  つまり、「春の城」の叙述は、偶然の片隅の配列を組み直したり、平均値を出したり、片隅を拡大したりして時代の真に迫るのではなく、或る偶然の片隅の無意識が迫るのである。

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