碧空2117 nautilus668(真実さが洩れているような吐息、一瞥)
2117 nautilus668(真実さが洩れているような吐息、一瞥)
イヌが立ち止まって振り向く一瞥の気配が薄気味悪く迫るとすれば、それはイヌが、長靴を穿いた猫の如く完璧にあざむく隣人の出現だからである。
この隣人は、正当性を妥当要求とするように種に迫っているはずなのに俄然個に迫っていて、妥当要求が誠実へ振れてしまう。この正当性と誠実の間の振動が、隣人を真実らしく包む。その、真実らしさが洩れているような吐息が目を見ひらく一瞥は真に迫るのではなく、隠れなさに出る。
冷たい雨に破れかけた街角のポスターを包む真実らしさも、この見降ろす惑星の如く白い吐息を洩らして、種に迫って誰にでも話しかけるはずなのに他の誰をも避けて極端に私的で、しかしそれは、孤独というには嘘じみていて、持ち合わせの今というには俄然時間は厳粛な遺産の如く広がっているし、しかも何か種に迫って蘇生というには悔やまれるほど取り返しがつかなく、しかし「私」のせいというには偶然過ぎ、しかし偶然が程度であるはずはなく、しかも程度が取り消された偶然ならどこが偶然なものか。
こうして伊福部昭少年は、1923年9歳の夏、単身音更村へ移住して来るが、帯広駅から馬車に乗って北方の村へ続く長い落葉松の一本道を進む途次、馭者が何を思ったか、俺ハ谷口トイウノダ と名乗ったのだった。


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