碧空2210 nautilus761(救済の練習)
2210 nautilus761(救済の練習)
隣人は、後れて来る身体の地図に分布する。それは偶然の部分の偏在であるが、霊的全体が姿を現すために姿を消す虚構なのである。
物語のplotの展開(再演)は、この独白的対話(Echo)が姿を現すために姿を消すのである。この展開は、レプリカの気配を消す限りでおしゃべりに過ぎないし気休めであるが、レプリカの気配が迫る限りで救済の練習である。
「Dracula 」は、誰もいない部屋を呑み込んだ鏡となって姿を現した救済の練習である。レプリカの気配は、この「誰もいない部屋を呑み込んだ鏡」である。
それは、オドラデクとなって姿を現した「家長の懸念」(F.Kafka )にも当て嵌まる。家長の前で鏡は破裂する。オドラデクが誰でもない家長の身体である如く、誰もいない家長の鏡像である如く不安にするが、それが救済の練習である。


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