Thursday, August 28, 2025

碧空3658 nautilus2001(アレチヌスビトハギ。の如き侵入)

3658 nautilus2001(アレチヌスビトハギ。の如き侵入)  他の誰かのことが「私」のことになる何か記憶喪失の如く、他の誰かの話が「私」の話になる何か記憶喪失がある。  咸平五年、建州ノ海賈周世昌風ニ遭ヒテ漂ヒ日本ニ至ル。凡ソ七年ニシテ還ルコトヲ得タリ。其ノ国人滕木吉ト至ル。上、皆之ヲ召見ス。世昌其ノ国人唱和ノ詩ヲ以ッテ来リ上ツル。詞ハ甚ダ雕刻ナレドモ膚浅ニシテ取ル所ナシ。・・・上、滕木吉ヲシテ持スル所ノ木弓矢ヲ以ッテ挽射セシム。矢遠キコト能ハズ。其ノ故ヲ詰ルニ、国中、戦闘ヲ習ハズト(宋史日本伝)  ゴロブニン船長の松前幽閉が解けたその年、ペテルスブルグの都から日本国への贈りものは、一個の時計だった。それは、発条を充たせば、川の如きものが横に流れ、馬首が出て来て水飼う工夫だった。  騾馬は、昔は支那より西に限られた。  柑橘の豊麗な地中海の処々には山が岸浜まで迫っていて、冬なお温和な白い浜と山の中腹の白い家並とを結ぶ坂道を、荷を振り分けた驢馬がひねもす往来している。その頃、山向うのローヌの平野には、ミストラルと呼ばれる北風が吹き荒れているという。  こうした、「私」のことが他の誰かのことになる落下がしかも何か記憶喪失であるのは、いつの間にか侵入しているアレチヌスビトハギ。の如く、急性のノスタルジーである。その侵入はいきなり二回目であって、慢性のノスタルジーの如く序数や範疇の展開に従う、のではない。他の誰かのアレチヌスビトハギが「私」のアレチヌスビトハギになる何か(タイム・スリップしたような)記憶喪失である衝撃は、世界が終わっている疾しさの発症である。その、草潜き凌ぎ息衝き余る急性のノスタルジーは、何か盗まれている!と感じる。

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