碧痕217 告白、影武者
217 告白、影武者
「私」が犯す、には稲妻が光るや雨が降るような、責めを主語に帰するような修辞、整頓がある。これは、「私」というものを不随意に犯す(被る)擬態が、その気配を消すことで「私」に犯す能力があるかの如く取り残されるのである。「私」というものを犯す(被る)ことは「私」となって嘘をつく能力であるのに、この擬態の気配が消えることで「私」は正直を地にして嘘をつく自由を身につけることになる。
Augstinus の告白が「あなた」と呼びかける、覆いかける大きな顔の気配は、この擬態の気配が消えないのである。この、覆いかける顔の気配に、目を瞑って身を曝すことの一つの解としての告白は、関心を絞る覗き穴が「私」の悪徳を拡大して責めを「私」に帰する作業を重ね、それは覗き穴を回復しようとする虚栄であるのに、「塵と灰」となって覗かれている。
磔刑寸前で、甲斐国主武田信玄の「影武者」(黒澤明)となるべく拾われた盗っ人は、信玄の身代わりに殺されるように信玄が鎧う影武者ではなく、信玄の死を隠すために信玄の影法師が身代わりに生き延びるのである。勝頼と七人の重臣と三人の近従と二人の小姓に不断に監視されて、行住坐臥そこにいてそこにいない影武者の幽霊性にも拘わらず覗き穴を(「私」を)半ば盗まれていたが、信玄の死を隠し続ける状況ではなくなるやツブテと辱め、卑しめとを以て追放され、しかし盗っ人の覗き穴を回復した枯草の間から、長篠の戦いを目撃するに及び、俄然狼狽する。覗き穴を取り返したはずなのに影武者であることが過ぎ去っていない、身は隠れているはずなのに隠れなく、目を瞑って身を大きな顔に曝してしまうのである。
釘づけの磔刑の十字の度し難い虚栄が、ここにもある。「あなた」は、世を忍ぶ「塵と灰」を誰であるかの区別なく通過し、しかも「私」は、特別に狙撃される限りで「塵と灰」になる。


0 Comments:
Post a Comment
<< Home