Saturday, August 11, 2012

碧痕214 passion の奇形

214 passion の奇形  被造物であること(或いは、人形振りであること)はpassion である。それは、場所の場所の浮上が大気を寂漠(何処デモナイ空虚)にする窃視・盗聴に導かれて引き据えられていることのあわれであるが、慈悲と分業していない。あふれ出しているのである。  この二重性は報告しにくい。「仮(面)の告白」が贋の悔恨を以てデフォルメしたものは、一目惚れに肉薄する。この世のものに漠として予期していた忽光、しかしそれは、園子の出現を貫通するにしても園子には属していない。しかしまた、この突然の光も突然の責め苦も何処か別の源泉から来るのに、値遇する一対の身体のそれぞれを源泉とするかのようにして(転移発作的に)それぞれに振り分けられてしまうのである。しかも、この突然性は、それぞれにもう一方から思いがけなく届けられる。  これは、突然の発心に肉薄する。ところが、この突然の回心が園子を誰でもなくして襲うことを予期しているかのように「私」が魘されていることが、平常であること(分業)からの隠遁として引き据えられている「自涜」やソドムのethos なのである。それは、平常であることが解けることではないが、被造物であることの、そのpassion の二重性を変形しようとしている。

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