碧痕218 寄せては返す、もう一つの連祷
218 寄せては返す、もう一つの連祷
目には目をの復讐の、その目(類)の代わりに財を以て贖う。どちらにせよ、失われた目(個)は埋め合わせられない。
「私」というものを犯すこと、この世のものになること、「堕落」とは、取り返しのつかないことになることであり、それが贖われるとすれば、それは、身代わりに殺されることと身代わりに生き延びることと区別がつかなくなる犠牲、媒体性の気配、潜伏を以て出現する隠喩性の気配、症状が生まれ変わる意味深さによってである。
Augstinus の、無尽蔵の隠喩の気配を探しまくる、腹話としての聖書注解は、それが孤独の境地であれ、ハキリアリの集団のように超孤独の境地であれ、聖書から本質を剥奪し、ヒドラの気配(発芽の気配)を手探りし続ける。個々の隠喩に潜む意味の収穫よりも、症状としての隠喩が思いがけなく生まれ変わって「神の小さな土地」が移動していることが、寄せては返す、もう一つの連祷なのである。


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