Saturday, January 10, 2015

碧空508 隠れない幽囚

508 隠れない幽囚  レイ・ブラワーが列車に撥ねられた衝撃で靴が脱げて死体から思いがけないほど離れた処まで飛ばされているのが分かったのとは違い、ブルーベリー狩のブリキのバケツが死体から「脱げた」と分かるのは、時間をかけてどれほど離れた処まで飛び越えているのかは分からないのである。  しかし、ブリキのバケツが「脱げた」という思いに駆られるのは、ブリキのバケツが「脱げた」と明晰に分かるのであり、時間がかかっただけおそろしく私的な(生埋めに抵抗する)思いなのに、隠れないのである。ブリキのバケツに時間がかかるのであれば、それは場所を占める。しかし消尽点から「脱げた」ブリキのバケツにはゴーストがかかる。ブリキのバケツの出そうな場所は、物と場所の区別がおかされている。  トランシルベニアもまた遠方と夜の出会う消尽点で、Dracula の出そうな断崖上の古城は、蒼然としていることや腐食していることのように時間がかかっているのではなく、Rousseauの夢想する湖中の島そのものが牢獄であるように隠れなくする。明晰であることでは発信と受信の分業が取り消されているが、選択や分業の余地なくnoble とcommon people の分業がおかされていることがDracula の含蓄である。Jonathan Harker が拉致されるように馬車で城館まで運ばれて伯爵と握手を交わした時に、さっきまでの馭者が早変わりして登場して来たのではないかという思いに駆られるほど同質の、万力のような握力を明晰に感知したのは暗示的である。Rousseauの、その幽囚性は、Dracula だけでなくJ.Harkerにもかかっている。J.Harkerは鏡に伯爵が映っていないことに慄然とするが、鏡が呑み込んでいた部屋は、生埋めに抵抗するが場所を占めないDracula の、その媒質変化の転写である。night-existence は、月光が照らし出そうとすると城壁に爬虫類の影が浮かび、鏡が姿を捕らえようとすると部屋が映ってしまうように転写されるが、鏡に映らないことが明晰に分かるのも隠れない幽囚(night-existence )の目じるしなのである。

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