碧空538 何かのつづき、というように迫る
538 何かのつづき、というように迫る
物と場所が解離しない、ゴーストがかかる、それが、滞留する現在とは致命的に違う二重の通過、ゴシック的なものである。それは、夢遊病のようにwalk-on-thin-iceに中毒していて、生そのものであるが(無我であるために)薄気味悪く迫る。日常性は生が不気味ではないように、出来事に成れないものに不寛容であるが、極薄の光景が何かのつづき、というように迫る(ゴーストがかかる)のは二重の通過が吹き替えられているのである。
極薄の光景は、弥陀ヶ原とか浄土ケ浜、St.Paul's Rockといった、程度としての一般的仙景奇観に解消されない。night-existence との区別がおかされた、それらの名の源泉は、それらが、それらを現実にする影と解離しない落下(二重の通過)である。


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