碧空1921 nautilus363(崩れ落ちる山岳)
1921 nautilus363(崩れ落ちる山岳)
1944年秋小畑耕二は漢口に姿を現わした。(nautilus361)
長江の水は減少して、桟橋が遠く伸び、泥岸の枯れた葦も、低空飛行で襲撃して来る「小癪で不気味な」P51も変に静かで奇妙だ、というのも、小畑と似通った境遇のアメリカの予備仕官はドーナツが大好きで、この青年が撃墜され捕虜となって姿を現わさなければ、P51となって立ちはだかっていた山岳は崩れ落ちなかっただろうからだ。
小畑の顔面が模写した落下ノ表情は、墜落をミスコピーしたのではない。その、記憶喪失から醒めるとも記憶喪失を起こすともつかない山岳の崩落が言葉にならないのだ。
驢馬の曳いた二輪車は表情のない百姓を乗せて悠長に進んでいる。天秤棒を担いだ焼栗屋が近寄って来て焼栗の甘い匂いがした。道の左側の池には小鴨が四五羽浮かんでいて、汀は薄氷が張っている。鴨が首を突っ込む辺りへ石を投げ入れると一斉に鴨が羽音を立てて舞い上がっていった。
日々広島を流れる川にはアオサギがじっとしていて、日々漢口では孫文の銅像が不動である。けばけばしい「香烟祥記号」、「随時小酌粤菜館東華楼」といった看板も動かないが、鈴の音を鳴らして馬車が行き交い、馬の鼻面の先をのろのろ人々が過った。


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