碧空1926 nautilus677(真実の如き光、魔法の時の光)
1926 nautilus677(真実の如き光、魔法の時の光)
大国主が通りかかる浜辺で、偽も同然の一体の種の良心が拡張するかのように息を深める、因幡の素兎との独白的対話は、「私」が「私」でなくなるまでに器官を延長する分業の面白さと「私」の危機の告白は、奇怪にも危機が他の誰かのことになって癒されるようにどんなに小さく囁いても制御不能の大声になって、まるで大声であるほど他の誰かのことになって真実の如く光るとでもいうように訴えかけるレトリックなのである。
乳母が軽率にも口走ってしまった姥ヶ池の主との約束は、姫の拡声器としての乳母を通じた、姫と姥ヶ池の主との偶然の約束であって、乳母は軽率どころか姫でなくなるまで延長した器官として真実の如くに媒介、そして予告するのである。姫と姥ヶ池の主との約束とは、「私」が「私」でなくなるまでに姫が姥ヶ池の主の祟る媒体になる「私」の危機である。しかも、夜な夜な枕辺に通う姥ヶ池の主は、異性の気配を兼ねる。この、魔法の時の光る二重性は、魅惑である。


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