Monday, May 26, 2025

碧空3564 nautilus1907(何が面白い!)

3564 nautilus1907(何が面白い!)  「仙術太郎」(太宰治)がおそるおそる鏡をのぞき込むと、「色が抜けるように白く、頬はしもぶくれでもち肌であった。眼はあくまでも細く、口髭がたらりと生えていた。」天平時代の仏像の顔である。  何も変わっていないのに取り替えられてしまっている!魅惑は、他の誰かになるまでに極端に私的な「私」の危機である。他の誰かを呑み込み終わった「私」が鏡をのぞき込むと、他の誰かに乗っ取られているのである。この、見えない中間の暴露の(魅惑の)分割が面白味であるが、面白味の練習は面白くなさが後ろめたさとなって影の如く潜伏する。鼠となってかけめぐる蔵の中で、ときどき立ちどまってちゅうちゅうと鳴いてみるとか、鷲になって、何もないからっぽの大空を逍遥するとか、蛇になって、蔵の床下に忍び入り、蜘蛛の巣を避け、日陰の草を腹の鱗で踏み分けていくとか、蟷螂になって何もすることがない、というようなことである。何が面白い!  天平時代の仏像の顔は、見えない中間の魅惑の分割の面白味であって、正義が浮かび上がる地が後ろめたさであるように、面白くなさが影の如くつきまとっている。

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