Sunday, October 02, 2016

碧空860 転位と救済

860 転位と救済  この世のものは、この世がこの世のものを映し出すような具体すなわち観念であり、この世のものとして霊的予期(責め)を映し出す媒体は具体に出ようとすると宙に浮き半具体にスリップする。スリップするイロニーの目じるし(負の賠償)は、unlearn の二重性が解離すると消え、解離しないと浮かび上がる。  こうした半具体の目じるしである負の賠償からは、惜しみなく与える授乳の衝動と、それをこの世のものにする「見てはならない影」(惜しみなく奪う吸血の衝動)が分岐する。Jesus Christの「見てはならない影」はDracula であるから、聖母子の図は、そうしたスリップの断面である。  吸血とは責めを受け継ぐこと、この世のものとは罪を相続し罪を映し出す媒体、この、身に覚えのない罪に呼び出されている半具体の目じるしは生贄であることであるから、罪の相続は救済にスリップしている。このスリップに面して恐慌発作で消化不良の頭脳が胃袋の位置に移動して消化しようとする位置異常は、しかし恐慌状態が横隔膜の痙攣に転位して笑うことになる。同じようにして、ホロコーストの、頭が痺れるような奇怪な麻痺と魅惑と硬直が猥褻や餓鬼と区別がつかないのも、ユダヤ民族の頭脳が落とす「見てはならない影」が性器や飢餓の形相の、おぞましい痙攣にまで転位するからである。  それは、エマニュエルとマルグリット(「絶対の探求」Balzac)が呼び出されている気品、淑徳の痙攣的な「反対の目も差し出せ」式のマニアに、胃袋や性器が口から飛び出すような獰猛、野蛮な捕食や生殖の衝動が変貌する、そうした転位とは逆向きの位置異常である。

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