碧空887 壁に写る影が気配づく
887 壁に写る影が気配づく
産声は誰にも届かない恐れがあるが、誰かがいるはずだという不思議な信頼に包まれた生還である。表面は潰れていてもわけもわからずカチカチ鳴っている懐中時計のようでもあるし、そんなふうにカチカチ鳴っている懐中時計があるはずだと暗闇を掻き分けるようでもある。
それは予言じみて被凌辱的で(宿主としても寄生体としても何か疚しく)胸が潰れるかのようだ。有性生殖の壁に写る影がなんと無性生殖であるような驚きと懐疑なのである。
ナルキッソスの壁に写る影は(水に映る姿は)異性ではないにしてもなんと他の誰かであるようなErosの萌芽であるが、Echoの壁に写る影は(口から飛び出す言葉は)なんと他の誰かの言葉である。ナルキッソスの衰弱はエコーの復讐なのではなく、エコーの胸潰れる想いもナルキッソスの苦悶も、老ローザがいくら突進しても止まっているように話す「伽藍」も、有性生殖の壁に写る影が気配づいたために迫る危機の、その異本なのである。


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