Friday, March 31, 2017

碧空980 何か発心の唐突さ、奇妙な自由

980 何か発心の唐突さ、奇妙な自由  ユーラがジェファソンの神話であるのは、無性生殖的に個虫が部分の振りをし、全背景が前景の振りをする青海原の包容力が有性生殖的な遠近法の効果では(Venus がかかった)密通に見えたということであり、ジェファソンの男という男が呼び出しを喰って隠れなくなったということである。  リンダがジェファソン最初の、女の戦争帰還者の隠蓑を纏って、ジェファソンの階級を踏み越える気など毛頭ない黒人にプロレタリアを吹き込もうと堂々目論んで(共産主義を守るための戦争で失った初恋の、ユダヤ人の彫刻家の喪に服しつつ)帰郷した最初の、戦争でつんぼになった女であるのは、すなわち発心は、或る次元から自由になるために別の次元に拘束されるメタモルフォーゼの範疇である。ジェファソンや血族の規範や呼び声から自由になるために(しかも、まるで自らを罰するかのように)軍隊の規律や魂のただ中に卒然と身を投じることも、何か発心の唐突さに属する。  リンダは聾して沈黙に閉ざされるのではなく声帯からはアヒルのがあがあ声が飛び出してしまう。それは、ナルキッソスに向かって好キダと叫んでいるのにオマエハ誰ダという大声が飛び出してしまうEchoの贖罪に酷似している。それは苦悶であるが浄化でもあって、メタモルフォーゼは、指が蝶々になって切り離されて行方知れずになるような取り返しのつかなさと、漠として奇妙な自由なのである。(ジェファソン W.Faulkner)

0 Comments:

Post a Comment

<< Home