Sunday, July 16, 2017

碧空1050 献身と言葉の間

1050 献身と言葉の間  自他同体の魂が他の誰かとなって想起する「私」(器官の延長)と、嘘を身に着けて話す経過(器官の延長)との関係は、献身と言葉の関係である。どちらも媒体であるが、何か違う。経過することは身に着ける変装であるが、他の誰かとなるような取り返しのつかない(ぞっとするような)想起ではなく、取り返しのつかなさを躱すように想起するのである。しかし、躱せない。  これは、献身のぞっとするような冤罪性が、言葉の贖罪性に脱皮する振りをするのである。言葉は、嘘となって話す、その(直しさを脱ぐ)経過を以て、取り返しのつかなさを埋め合わせるとでもいうようだが、献身は、他の誰かとなる取り返しのつかなさが何か埋め合わせるとでもいうようだ。  こうした献身の異常な想起は、この世のものになる次元跳躍である。釘づけの磔刑の十字や「草迷宮」(泉鏡花)は、冤罪と贖罪の間が決壊して、二重に半具体が迫る。

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