Saturday, July 21, 2018

碧空1297 MOON WALK215(慈悲の迂回、plotの曲折)

1297 MOON WALK215(慈悲の迂回、plotの曲折)  修道院は対照実験のように見える。雌雄異体の気配である現在が、どのように曲って、歪むことになるのか。サリエン・ブラウントは顔を背けるようにして陸の孤島にある修道院に入り、ユード・ブラウントは自らを罰するようにして退却する王の軍勢のしんがりを務める。何か酷似した、息子サリエンと父ユードの発作は、引き裂かれたように癒着していて、その現在は禍々しい。それに先立って、ユードから土地を借りていた陶工ルアルドは魅入られたような発心から唐突に修道院に入ってしまったために、打ち棄てられた妻ジェネリーズと、ユードとの或いはサリエンとの嘉されない対い形成の渦が起こっていたのである。  「緋色の研究」(C.Doyle )では、正義を試すように、追跡者は自らと終に追い詰めた仇とどちらが毒杯を飲んで然るべきなのかを念じつつどちらに転ぶのか分からない戦慄の状況を酷薄に試みるが、「The Potter's Field」(E.Peters)でも、同じようにして毒の入ったグラスと入っていないグラスを前に姦通のジェネリーズとユードの長患いの妻ドナータのどちらが毒杯を飲むことになるのか分からない状況を強行する。しかしそれは、怒りから正義を試す呻吟というより、慈悲が探し出す道具は何であるか問いかけるようだ。果たして、毒を呷ったのはジェネリーズであるが、とり返しのつかなさを埋め合わせることにはならない。生き残ったドナータは、巷間にうわさのジェネリーズの失踪やユード、サリエンの不可解な行動の秘密を知っていながら、その秘密を抱え込んで中毒する苦痛に耐える、その苦行は凄味を増す。  この、対い形成の失敗を(現在の歪みと渦を)直すのではなく模写する苦行発作は、サリエンが接近するとパーネル・オットミアが光り出すというように次の世代の対い形成となって器官を延長するかに見えるが、それは、とり返しのつかなさが埋め合わせるmetamorphosis なのである。この「抗しがたい魅力を胸に味わう」光へ導く慈悲の迂回は、手の込んだplotの曲折と合致する。

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