Saturday, June 20, 2020

碧空1775 nautilus118(オマエノコトナンダゾ!)

1775 nautilus118(オマエノコトナンダゾ!)  ベトナム人(♂)の顳に銃口が突きつけられている一枚の写真がある。銃声が發る次の瞬間、男は膝から崩れ落ちる。  至近距離で銃声が次々と發って、壁を背にして並んで立っていたユダヤ人が次々と崩れ落ちる映像がある。  写真は、後続するはずの次の瞬間の死を打ち消せないでいる或る瞬間を凍結しているというより、瞬間が拡張すると同時に一気に収縮して総身の毛も太るまでに過冷却状態で凍結していない瞬間「の」存在は、まるでヤーウェの気配で、それは、何モ潜ンデハイナイ!というように吐息がかかる。  銃口を突きつけられている静止画像が孕む、瞬間「の」存在は、解凍して二つの連続する光景となって展開し、誰かが語ったように「私」が語る。伝聞の振りをしているが、のぞくように誘惑している死者の告白の症状は、信憑性のもう一つの技術としての恐喝に話法が変脱して、オマエノコトナンダゾ!と脅かして迫る。  犯人を探す王が犯人であることに出てしまう!Oedipus の場合、それは、ヤーウェと人の関係との類比を孕みつつ、Jesus Christのような生贄である。Oedipus の配偶の旅はヨセフの配偶の旅の如く転落と上昇の運動を孕んでいるが、国を猖獗を極める悪疫から救済しようとして疫病の思いがけない正体が発覚して転落してしまうOedipus は、イスラエルの人々を奴隷状態から救済するように大抜擢されるMoses の思いがけないエラーのような上昇とは逆の運動に見えるが、瓜二つである。  Oedipus がオマエノコトナンダゾ!と呼び出されることになる思いがけない神託は、瞬間「の」存在と物語「の」伝達が互いに暗喩であるような、何度ものぞきに戻らないではいない、あの写真、あの映像の、何かが崩れ落ちるように陶然とすることになる恐喝と、瓜二つである。

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