Monday, June 02, 2025

碧空3571 nautilus1914(眠れない夜のためのカノン)

3571 nautilus1914(眠れない夜のためのカノン)  「笑って笑って笑っているうちに、だんだんと尼は小さくなり、さらさらと水の流れるような音とともに二寸ほどの人形になった・・・浅黒い頬は笑ったままで凝結し、雨粒ほどの唇はなおうす赤く、けし粒ほどの白い歯はきっちり並んで生えそろっていた。粉雪ほどの小さい両手はかすかに黒く、松の葉ほど細い両脚は米粒ほどの白足袋を附けていた。」(「尼」(「陰火」太宰治)  「私」は、その人形の、墨染めのころものすそをかるく吹いたりなどしてみる。この終結法は、冒頭に回帰する無限旋律である。眠れないでいた九月二十九日の夜更けに、部屋の襖がことことと鳴って、しばらくしてまたことことと鳴って、腕を伸ばして襖をあけてみたら、息を吹き込まれたように「若い尼が立っていた」のである。その尼は、コノ蟹ヤ。何処ノ蟹。百伝ウ。角鹿ノ蟹。横去ウ。何処ニ到ル・・・その、月影を浴びた醜い姿におぞましがる蟹の話をする。つまり、尼の影がおぞましい蟹の姿なのだ。  小さな穴からぷっと息を吹き込まれた「紙の鶴」は、生娘ではないとは知らずに娶って三年もの間「私」が化かされていた(折檻する如く問い詰めると一度きりが、二度、三度、六度でしたと白状が一体どこまで増長するか分からないような)冒頭の女に回帰して、その金剛不壊の事実からこそこそ遁走したい「私」の醜い姿が苦しみ苦しみ百伝い、横去らいやっと辿りついたのが紙の鶴の小さな穴なのだ。つまり、女房の影がおぞましい異類の姿なのである。  レプリカの気配を夢の如く圧縮した鶴女房やケンタウロスを音楽的に転写した形式であるカノンは、ステッキを振ってみちみちの夏草をつぎつぎ薙ぎ倒していくようだ。面白いのか、味気ないのか。魅惑なのか。

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