Wednesday, September 07, 2016

碧空843 白い土埃をかぶった路傍の草、路傍に揺れる草

843 白い土埃をかぶった路傍の草、路傍に揺れる草  言葉と貨幣よりも模写能が明確な媒体としての写真は、提喩的に架空の全体を贖う。身につけていた眼鏡や長靴や筆蹟などの形代に接してわっと崩折れる場合のように、それは鎮魂としてよく贖う如くである。  貨幣はどうか。賠償金を手にして、それも提喩的贖いなのだから、胸が張り裂けるような模写発作が起こるはずである。しかし川瀬から墓石にするために採って来た漬物石ほどの石を抱えて、コンナニ小サクナッテシマッタと感情が崩壊する場合と違って、貨幣は鎮魂であるためには秘密に欠ける。鎮魂は不規則な変異をそのままに震わせることであって、塵埃の不規則な運動を平均化して静めてしまうことではなく、鎮めるためには騒がせ掻き立てられなければならないのである。

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