Monday, June 11, 2018

碧空1270 MOON WALK188(松明をかざして探しても何処にもいない!)

1270 MOON WALK188(松明をかざして探しても何処にもいない!)  他の誰かになるまでに極端に器官を延長して遍在する、あるいは他の誰かになるまでに極端に私的な長寿の「のぞき穴」という隠喩は、剥き出しになった(隠れない)魂のとり返しのつかなさを魂の内在や外在、寄生や移住や身代わりといったアイデアで埋め合わせようとする如くであるが、剥き出しになるのは魂の三分岐(現実性、可能性、抽象)、四分岐(受身、自発、可能、尊敬)が解離しない、すなわち位格の区別がおかされる決壊であり、魂の内在や外在といった潜伏の感じや魂の寄生や移住や身代わりといった後れて来る気配は、その解離すなわち位格の区別があるかの如くになるのである。  常陸坊海尊や八百比丘尼が、何も変わっていないのに取り替えられてしまっている!といった人知れぬ衝撃は、光が現在となって広がる遠近法の、その光を閉じ込めた間が決壊して現在が揮発する、そうした常陸坊海尊や八百比丘尼を、松明をかざして探しても何処にもいない!というようにして、客観に転写されない。

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