Tuesday, December 10, 2019

碧空1632 phantom circuit140(生贄になる練習)

1632 phantom circuit140(生贄になる練習)  「最後の一羽」の無意識が姿を現わすと同時に姿を晦ます症状が、個というものの、その執行猶予の症状である。  「オペラ座のファントム」(G.Leroux)が、この症状を解いて半種個の(天使の)戦慄に包まれることこそは、声の主として天から降りて来る(天使の)トリックである。三重の仮面性が解離した日常のエリック(ファントム)の異形性や中間性は、この「最後の一羽」(生贄であること)の戦慄の目じるしのようなものに過ぎない。  ファントムの運命の無意識が姿を現わすと同時に姿を晦ます症状が、偶然というものの、その執行猶予の症状である。のぞき穴が潜伏しないで後れて来るはずの主体が途中までしかやって来ない(他の誰かに降りかかっているような)運命のトリックは、オペラ座の奈落の底に仕掛けられたエリックのトリック、大奇術に零落する。  それは、犯人を捜すOedipus が犯人であるようなトリック(自食の練習)である。オペラ座の奈落は、密室としてのOedipus の国であり、生贄になる練習なのである。癩病じみたファントムの輪郭が崩れる受肉や奈落の(跫音となって迫る運命から遁走しようとしても鏡のように奥行を増殖する)装置は、国境が膨れ上がって彷徨う肥満の再発、Mephistophelesの無意識が尨の症状(輪郭喪失が輪郭であるような宙吊り状態)となって祟るのを模写しようとするのである。

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