Thursday, April 23, 2020

碧空1721 nautilus64(Sphinxが笑う)

1721 nautilus64(Sphinxが笑う)  Oedipus の「壁に写る影」が一体どんなものだろう?とのぞいてみると、それがまあなんとSphinxだとばれて、Sphinxが笑う、というふうだ。  これは、のぞき込んだ「私」の模写発作としての笑いがSphinxに転移したとでもいうか、のぞいた「私」が笑い出しかけたらSphinxにこの模写発作をもっていかれ、Sphinxも発作が顔面に乗り移って来て本意ではない。  乗り移って来る限りで分身するように、Sphinxの媒体であるOedipus は分身して来たはずの(運命や種(EROS)や、良心や精神や無意識に見る間に変異する)Sphinxに追いつかれてしまうのは、後れて来るはずの「私」が途中までしかやって来ないのである。そんなふうにOedipus は呼び出され、問いかけられ、取り消される。  これは、あの魅惑の光景、彷徨う子供が龍に呼び出されるとも取り消されるともつかない交流の気配と、青い水脈が通じている。龍もSphinxも、ペルソナが見る間に変異するElpis のイラストなのである。エルピスが偶然や逸脱や、邪悪や虚偽や症状となって姿を現わすと当時に姿を晦ますように龍神は祟るのであるから、Sphinxが笑うように、龍も笑う。  Oedipus は回避したはずのSphinxに追いつかれ、子供はまだ見ぬ龍に呼び出され、道成寺曽谷本のように追い詰められた若僧は身を潜めた釣鐘ごと大蛇の瞋恚の炎に抱き竦められて一滴の露になるのである。

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